guteki’s blog

愚適庵の日文美術館

 自作の、詩集・小説・随想など、一文をわざと長くしたり、逆に短文にしたり、形式段落を長大にしたり、訳の分からない文体にしたり、
色々に描いたものを展示しています。

詩集 無意味な風景

     『無意味な風景』


「奇跡」

宇宙は偉大で慈悲ぶかい
俺という能無しで穀潰しなだけのニンゲン
純粋糞尿製造機械さえ数十年
にわたって無条件で生かしてきた。

 一週間七日をセミの一生として、
 俺は何回生まれ死に変わりしただろうか。
頭がくらくらするほどの長さ
じゃないか。
 えっ、セミはその前に七年間も地下で生きているって?
 それは生まれ変われる間がいかに長いかを物語っている のだ。

誰がなんと言おうとオケラガ
泣こうとミミズが屁をここうと
俺は大声で天を向いて怒鳴るぞ。

宇宙は 馬鹿だぁー。


「酒場の椅子」

クルクルクルクルクルクルク見えない無数
のお尻の湿っぽく軽みをくすぐり弄ばれて
永遠に日のさすことのない
ウナギの部屋で
待ってるスコール


「バイバイ」

新宿駅の十番線東京駅に向かう
昼のホームで一歳と半年ほどの女の子が
動き出したオレンジ色の電車に向かって
バイバイ バイバァーイ

マレー半島を南北にまっすぐ伸びる
鉄道のどこかの椰子の森の突然
途切れた駅舎のない駅で
バイクに二人乗りした少年が
急行列車といっしょに泥んこ道を
デコビチャボコビチャバチャブワァンボワァン
と並走ながら
バイバイ バイバアアアアアアイ

私たちは
このバイバーイをいつか
どこに忘れてきたのだろう


「無意味な風景」

ひる夏真昼、
蔦がコンクリに、
実にコンクリートな影を落としている。

人間だけが悩んでいる。


「通勤電車」

吊革にぶら下がる毎朝の
私は私と羨ましげな目を交わして
下りの電車は軽快に
走り去ってゆく


「鶏小屋」

何がよーくってこんな蚕棚
みたいな珊瑚虫のように団地
に住まなきゃいけねーんだ。
そいつをマンションとかファクションとか
訳の和からねー横文字カタカナでどんなに
粉飾しようが実体はよー、
ウサギ小屋よりももっとひどい言われようの
鶏小屋じゃんか。

何がかなしくって、三十年も四十年も
ローンて奴を担いで、地べたを舐めながら
あの世の入り口まで歩いて行くんだい。

なめとるな完全にこのドツイのドマタのクヒ。

せやけどナメられてもともとやで
こんな鶏小屋に何十年も
天からの授かりものと随喜して借りさせられた
ローンの倍も誰かに貢ぎ続けて
オマエラよーやっとるわ。

一番大事なことが何かわからない
鶏に相応の
家い。


「ギブ・みー・チョコレート」

見ザル言わザル聞かザルのように
地びたにしゃがんで壁にもたれて
五十年前のギブ・みー・チョコレート
の少年が四・五人駅の雑踏を
上目遣いにタバコをくわえて
いる
ものが余って金も余ってこうやって
ガキンコがうまくまそうに気怠そうにタバコを
チョコレートにしてショーワ
六十二年も秋だ


「福祉的な光景」

教えてやろうか世の中にどれほど
聖人・偉人・君子が輩出しても
何千・何万年経過しても人類が
ついに非道迷妄錯乱から足も頭も尻も洗えない
わけを

  アリがアリをくわえていく
  実に福祉的な光景である


「ガラン ドー」

このガランドウのこころ覗いても
何にもないにもめげず苦しんだり
いやがったり疲れたり悲しんだり怒ったり
果てしなく ご苦労なことだ


「喫茶」

目の前に中心がずれた
二つの円がある一方は
私と私でないものとに向かって
無限に開かれており一方は
地球の重力の方向にひっそりと沈み
やがて干涸らびるこの二つの円
を載せて大地のニスのような
茶碗が掌を開いている


「花瓶」

水としての空気が入っていて
ガラス色によどんでいる花瓶
に想像妊娠して
去っていった女が活けた
模造されたヤマキチョウが水に
群がるように咲き

造花は大地を憧れていつも
横を向いている


「むい」

何もしなかったただ家賃を払って
駐車場代を払って第一勧銀に行って
車の月賦を払いに共和銀行へ行って
烏龍茶屋さんに行って急須と
茶こぼしを買ってまた今度は
阿佐ヶ谷の三井銀行へ行って忘れていた
KDDの支払いをして荻窪に戻って
旅行社へ行ってハワイの
航空券の相談をしてカメラ屋へ行って
ストロボを買って三万一千円のが
二万六千五百円になってそうして
やっと帰ってきて女に電話をした
今日一日俺は何もしていない


「みえない」

よく見ろ、と言う。
なんにも見えない、だから
よく見ろ、と見られる。
見えるまで見ていろ
根気がない、ただ
 いのちだけは、実に
 根気よく生きている。


「バーバリ」

二十歳の頃バーバリのらくだ色の
襟巻きをすると田舎の
オジサンみたいねとよく女に
笑われたずっと
昔の話である。


「弁当」

動くように運命づけられた
動物という奴に生まれていま
小田原の駅に停車している
電車の中からホームで
弁当を買う女を見ている


「落日」

夕日の崇麗棚引く雲に
守護されながら落ちて行く
心臓の最後の拍動


「不在」

恋人がその男友達と一緒に、
一泊の小旅行に出かけてしまった。

実に長い不在である


「内と外」

すべてはあなたの内にある。

あなただけがすべては、
外にあると思っている。

「猫」

見捨てられた裏庭の
砂利道に猫の
死体がある黒く
生きて生きて生きて生きて
そしてここまで
辿り着いて

向こう向きになって
大地の引力に全くいま
身を委ねて

「スズメ」

きわめて正統な朝
赤信号の前でセーラー服
の女子高生がプラットホームの電線で
スズメのように一斉に
空を見た

「雲」

ホラ、ね、空の上から
見ると雲も一列にお行儀よく
一列に順々に並んで
北の海を目指して
浮かんでいるのですよ。

「宙」

天と地の中間天と地のあわい
下を覗いても青上を見上げても青
の中間にオレンジ色に淡い白色光
の雲の地平線に円環ドーム
中心の宇宙

「帰還」

一九八八年九月二三日までのこの
定期が切れる前に
南回帰線の南の
ジャガイモのような島から
日本に帰っている

「歩く」

歩いている足が
地面を蹴っている地面が
足を蹴り返しているから
足が地面を離れて
しかし地面に吸引されてまた
歩いている

歩くとすぐにクウのことを考える
歩く前にもうクウを思ってしまう
歩けるわけがない

「読書」

昨日買った本を今日読み終わった
一九八七年八月二六日と裏扉に
鉛筆で書いて不思議な気がした

「豚舎」

豚がたばこを吸っている
小屋は喧噪の煙で充満している

「出立」

異常暖冬と呼ばれて寒くはない
とある小春日和の空に所在なげに
浮かぶ雲の座布団の一つ二つ
青空は青空のアリはアリの
フロンガスは密かにオゾン層を
小やみ無くそれぞれのなす事に邁進し
同じように香港経由でヨーロッパに
出発する男がいる

「おそれる」

懼れることを怖れるあまり
自分の生き生きとした感情の震える
炎をべたべたと暗い心の壁に
糊付けして十年無感動な
自分をこしらえてみたが感動ばかりが
永遠に失われてこの旅立ちの日
おそれは古書のシミのように相変わらず
ひっついたままだ

「日没」

夕陽の壮麗たなびく雲に
守護されながら沈んで行く
心臓の最後の拍動

「極」

単純簡単馬鹿頭
がたまたまたまがある
かないかのようかに
右か左かに分かれたただけさ

「タラコ」

胸が飲めない水をいっぱい
飲んでたらこのように膨らんだ
ようにやっと横になっている
だけの俺の心

「私=凡夫」

口をあんぐりと棚ぼたに開けた観客
として暗い映画館の中で私の
劇は知らぬ間に幕が下りるよ。

「しあわせ」

お金がこんなにまでない
うららかな春に女がある
のは幸せというものだろう。

「わたし」

  朝に道を聞かば
  夕に死すとも可なり

という道が分からずにウロウロと
同じ場所をうろついて遂に
生きくれて坐り込んで
しまった男がたわしです。

「ブラインド」

ブラインドが降りている私
の部屋は薄暗く冷たく内も外も
なにも見えない。
私の心に
ブラインドが降りている。

「香炉」

どろどろに熔けた地球の滓を注ぎ込まれた
土の中から転げ出てきて磨かれて
花になり損なって花びらをもぎ取られた
あっと叫んだ蕾の口のままで
私のテーブルで線香の煙草の火を
すっている
香炉

「ごめん」

昨年も
遅れて、ごめんなさい。
今日も
遅くなって、済みません。
明日も
遅れちゃった。
 しゃーないしゃーん

いつも、ごめんなさい。
 神様!

 

もう好い加減に止めてくださいよ
私を引っ張るのは。