guteki’s blog

愚適庵の日文美術館

 自作の、詩集・小説・随想など、一文をわざと長くしたり、逆に短文にしたり、形式段落を長大にしたり、訳の分からない文体にしたり、
色々に描いたものを展示しています。

詩集 日蝕の月光

 

   『日蝕の月光』


 「遂に新しき詩歌の時は来たりぬ」と、青年らしい頬を紅玉リンゴのように赤くしながら叫んだ詩人が居た。百年以上も昔のこと。百年後の私はそれを真似て「遂に新しき時代の詩は死んだ」と書いてみる。爆弾発言。一大テーゼ。しかし、この手の物は大概、羊頭狗肉である。大言壮語、誇大妄想。
 だから百年前の詩人のはともかく私のこの詩集はその作品の質から言えば、「それ明治の歌は明治の歌なるべし、古歌なるべからず」程度の物でしかない。それにしても
 ヨーロッパ文明の横波を食らって、文明開化期の明治の日本人が感激したように、私は東洋文明の湧水によってこのあくの強い脂ぎった塩水を中和して、生理食塩水のような物にしようと思うのだ。つまり この詩集は、次のような意図で作られている。
 一 近代の日本人が失った、意識と無意識との何らかの交流を行おうとするものである。
 一 自らの魂を鎮める手段も方法も喪失してしまった現代人のための、一つの霊しずめの呪文である。ただし、次の人には効果がない。
 権力欲、金銭欲で血眼になっている人。愛だ恋だと騒いで盛りのついた猫か犬みたいに巷を右往左往している人。
 自分は頭が良い、天才だ、秀才だと思っている「本当の大馬鹿者」、等々。

「帰混沌」

目がなくなる
耳がなくなる
鼻がなくなる
口がなくなる
皮膚がなくなる
物見て物を見ざるように
耳聞いて音聞かざるように
鼻かいで物臭わざるように
口開いて物味わわざるように
肌触れて物の感じざるよりもなお
めがなくなる
みみがなくなる
くちがなくなる
ひふがなくなる
骨格の髄も融けだしてクニュフニャの
おれといいわたしという確固たる
外形があると信じていた物が
崩壊して形なく存在し
感覚なくしてあるもの
に帰るこの広大無辺
暗黒の白日
の大いなる喜び


「還差別」

だったらずっと死んでたらいいじゃないか
この世に生まれてくることはないじゃないか
人間で居るのが苦しいって言うのなら
狼男か犬か猿か猫にでもなればいいじゃないか
腹を空かしてないている犬
雌を求めて喚いている猫
陰湿な暗がりの隙間の狭間を逃げ回るゴキブリ
みんな惨めったらしいというのなら
植物にでもなればいいじゃないか
食べられてもきしゃきしゃしているキャベツ
折られてもコンニリしている梅
人間を無視した世界で咲いているぜに苔
踏まれても汚物をかけられてもじつと
よけもせず平然と蛙になっている小石
そんなものになったらいいじゃないか

苦しい、辛い、と胸が連続爆発
を繰り返している50ccのバイク
のエンジンのように唸りを上げている

蝿よりも石よりも草よりも犬よりも
人間になりたいと
君の心が君に
必死に呼びかけているんじゃないか


「淫淫」

俺は決して誓って君を
好きではないんだよだのに
夢からに出て来るのどはそれほど君の
気持が俺に強いからなのだよ。

ヌルヌルヌの軽石
渓谷の出口をハスに見ながら
俺の蛙と蛇が頭を抱っこする。

俺は誓って君は嫌いだ
だのに君のオシロイバナのたらこの
唇がどうして俺の
夢の咽喉に入ってくるのだろう。


「途中下車」

ちょっとここで列車を降りて
原っぱの土手を一気に走り降りて
大邸宅のホラ長屋の私の家
にピョッと途中下車しようよ


「コスモス」

単線の線路が果てしない夏の
日のなかにのびている残骸のような
田舎の駅のホームで
早咲きのコスモスが線路の真ん中に
ヒョロホロと伸びているその端に
立派な天然色のテレビ受像器が
放置されている孤独な
南方の女農場主がシュロの木
のような気高い姿で私に証明書
を見せてくれるホラ
どこにも病気なんてないでしょ

彼女は高名な娼婦であった


「ほのあかるい廊下」

心がエーエンに憧れ彷徨っている
萌え出たばかりの少女の失恋
のような痛みが頼りなげな荊の
蔓のように心を薄く圧延している

失恋したのか実は
させてしまったのかよく分からない

古いオーキな旅館が旧家のローカを
右回りに歩いている外の暗闇が白い
ショージでよく判る乳白色の丸いカサ
の中で光っている白熱電球がオレンジの
柔らかい光を裸に落としていて
周りは温泉のように暖かい


「影(シャドウ)」

俺は知っているぞお前を
知っているぞと叫ぶ電話口で
若い男がえへらぺらへらえ答える
 今どこに居るか分かりますか
 エエ、あの子のとこなんですよ。
 教えてあげましょうかあの子が
 いまどんなふうな
 恥知らずにすてーきな格好をしているか。
俺は憤怒のあまり電話口で
酸素不足の出目金魚になる。
 知ってるんだぞ俺は
 お前が一体誰かを
映像のない声だけの奇態な
夢に向かって俺は叫ぶ


「殺戮」

ビニール袋の中に閉じこめた
奴がナイフで私の指をしつこく
突っついてくる私の家族の喉笛を
掻き切って殺戮した犯人
若い男がもう一人私の傍らにいて
小刀のような平らな鑿のような刃物を
無造作にビニール袋の中の男の顔に突き立て
喉までカキ切る嘔吐をもようさせる生臭い
血の色とにおいに私は
顔を背けた


「インフルーエンザ」

身体全体が蓋をされたフライパン
高圧蒸気と熱風が荒れ狂う
高熱麻痺した脳髄のフライパンの
上澄みの微かな正気の狂気が
将棋の駒を並べる何度も何度も
律儀に並べようとする奇態な根気
のあることが言いようもなく
風邪に冒されて苦しんでいる俺を苛立たせる

見よ
やっと整然と並べられた
将棋の駒はフライパンの上で
ふにやぷにやのトーフになる


「遷化」

 カミさんを捜す人間の努力を記した中国の
 古い書物に呼吸をしないで生きることによって
 人間がセンになることを説いたくだりがある。

徐々に真実そろそろと呼吸に気づかれないように
吸う息よりも吐く息の方を
ほんの髪の毛一筋をさらに数億万に切り裂いたその
一筋々の分だけ長く薄くのばしてしてゆく
一呼吸一呼吸ごとに吸う息よりも吐く息を
天女が降りてきてその霞のような羅裳で
大盤石を撫でるその効果よりももっと無効なほど
長く長く三年五年幾年か経る内にやがて
吐く息だけで生きていられることが出来るようになっている

マイナスのエネルギーで生きているのだ。
すべての生あるものと生なきものとを
殺し収奪して生きるひも付きの生活
から完全に頭と尻を洗うのだむしろ
外界に息を送り込む存在となった
風としての太陽となる

死から生に還るのさ


「邂逅」